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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)53号 決定 1966年6月06日

抗告人 木村シズ子(仮名)

事件本人 木村勝男(仮名)

主文

一  原決定を取消す。

二  次の各戸籍訂正を許可する。

(1)  本籍群馬県甘楽郡○○村大字○○八六七番地の一、戸主木村忠男の改製原戸籍の末尾に、同戸籍中の消除された事件本人の戸籍を、その出生事項を回復し、母欄を「シズ子」と訂正の上、回復する。

(2)  前項と同一本籍の筆頭者を木村忠男とする戸籍の末尾に、同戸籍中の消除された事件本人の戸籍を、その出生事項を回復し、母欄を「シズ子」と訂正の上、回復する。

(3)  前二項と同一本籍の筆頭者を木村新吉とする戸籍中の事件本人の戸籍の記載を全部消除する。

理由

抗告人は原審判は不服につき即時抗告を申立てるというほか、その理由を主張しなかつた。

職権をもつて記録を調査した結果、原決定には後記のとおりこれを取消すべき違法があることが判明したので、当裁判所は原決定を取消し、後記の理由により主文第二項のとおり戸籍訂正を許可する。

第一、本件申立の趣旨および理由

原審における抗告人の申立の趣旨および理由は原決定の記載するとおりであるので、これをここに引用する。

第二、事件本人の戸籍の記載

本件記録に徴すれば本件事件本人の戸籍について、つぎのような記載のあることが認められる。

一、(一) (イ) 戸主木村忠男の原戸籍中に、昭和二二年三月一四日木村忠男のした届出によつて、事件本人は昭和二二年三月六日木村忠男および同人の妻かづ子間の四男として出生した旨登載され、

(ロ) 筆頭者を木村忠男とする現戸籍中にも右と同一の登載がなされたが、

(二) 木村シズ子が和歌山家庭裁判所の戸籍訂正許可を受けた上で昭和三七年二月二〇日した戸籍訂正の申請により右事件本人の戸籍の記載は(一)(イ)の改製原戸籍についても(ロ)の戸籍についても全部消除せられた。

二、(一) 筆頭者を木村新吉とする戸籍中に、昭和三七年二月二〇日木村シズ子のした届出によつて、事件本人は昭和二二年三月六日木村新吉と同人の妻シズ子間の長男として出生した旨登載され、

(二) (イ) 事件本人(親権者は抗告人)から木村新吉を相手方として横浜家庭裁判所小田原支部に申立てた親子関係不存在確認の家事審判事件において昭和三九年八月二〇日事件本人は木村新吉の子ではない旨の審判があり、右審判はその頃確定し、

(ロ) 昭和三九年一〇月二一日事件本人から右審判に基く戸籍訂正の申立により、前記木村新吉を筆頭者とする戸籍中の事件本人の戸籍の父の記載が消除され、父母との続柄が「長男」から「男」に訂正された。

第三、原審判の判断について

原審判は、前記横浜家庭裁判所小田原支部の親子関係不存在確認の審判を無効であるとして抗告人の原審における申立を却下したのであるが、その理由は、妻が婚姻中に懐胎した子が夫の子でない旨の親子関係不存在確認審判の申立権者は、父の推定を受ける夫に限られ、その他の者には右家事審判の申立権がないところ、右家庭裁判所支部の審判は、父の推定を受ける夫以外の者即ち子から父を相手方としてした審判申立を認容して、妻が婚姻中に懐胎した子が夫の子でない旨を審判したのであるから、違法な審判であつて無効であるというにある。

しかしながら、次に説明するように、妻が婚姻中に懐胎した子であつても民法第七七二条所定の推定を受けない場合があり、この場合には子の母の夫以外の利害関係人もまた右夫と子の間の親子関係不存在確認の審判の申立をすることができるのであつて、前記家庭裁判所支部の親子関係不存在確認の審判は民法第七七二条所定の推定を受けない場合についての審判であるのでこれを無効ということはできない。原審判の前記判断は右民法第七七二条嫡出否認の訴に関する民法の各法条、および親子関係不存在確認の審判についての家事審判法の規定についての誤解に基くものであつて、正当と認め難い。

父子関係に関する現行法の建前は、父子の血縁のあるところには法律上の父子関係を認め、不真実の父子関係は法律上もこれを排除することにあり、家族関係の倫理性を維持することをその理念としているのではない。したがつて、民法第七七二条の嫡出の推定は、その母が戸籍上に妻と登載されていることによる効果ではなく、妻が夫と同居生活をしていることによる効果であると考えるべきである。即ち、右法条は夫婦が同居し妻が夫の子を懐胎し得る状態のもとにおいて子を懐胎した場合における父の推定規定であつて、法律上妻という身分を有する女が子を懐胎したすべての場合に適用される規定ではない。換言すれば、夫の子も夫以外の男の子も懐胎し得る状態において妻が懐胎した場合に、はじめて民法第七七二条の規定が同法条七七四条以下の嫡出否認の訴の規定と相俣つて有意義となるのであつて、はじめから夫の子を懐胎する可能性の全然ないことが客観的に明瞭な場合、例えば夫が国外に駐留して不在の場合刑務所に入所中の場合夫が性的無能者である場合等は、右法条の推定規定はその適用がない。

民法第七七二条の推定は、原決定もいうとおり、単純な推定と異なり、この推定を覆すためには父と推定されている者が子の出生を知つた時から一年以内に否認の訴を提起してこれをなすことを要することになつていて、極めて強度の推定である。右法条の推定が適用される場合には、右推定を覆えすことについて法律上の利害関係を有する者であつても、父の推定を受ける者以外の者、例えば子自身、その母または真実の父も、右推定を争うことは許されていない。即ち、父の推定を受ける者以外の者は同法第七七四条以下に規定する嫡出否認の訴の原告適格を有しない。父と推定されている者もまた嫡出の承認や期間経過によつて否認権を喪失した後は、反証を挙げて右推定を覆すことはできない。更に、父と推定される者であつても民法第七七二条の推定が適用される場合には、同法第七七四条以下に規定する嫡出否認の訴以外の方法で右推定を覆えすことは許されず、親子関係不存在確認の家事審判の申立をすることは勿論許されない。

右のように、親子関係の存在の推定を覆えすために必ず嫡出否認の訴をもつてすることを要し、その訴権を有する者も父と推定される者に厳格に限定されているのは、民法第七七二条の推定が適用される場合に限られる。妻の身分を有する者が懐胎した子であるにもかかわらず、夫の子を懐胎する可能性が全然ないことが客観的に明瞭で、そのためにその子が夫の子である旨の推定を受けない場合には、右の子の母の夫が嫡出否認の訴によらないで親子関係不存在確認の審判を申立てて親子関係を否定することができるばかりでなく、右親子関係の存在を否定するにつき法律上の利害関係を有する者、例えば子自身、その母、真実の父等もまた親子関係不存在確認の審判を申立てることができる。

もつとも、戸籍吏の場合は、嫡出の推定を受けている子について嫡出でない子としての出生届は、事実の如何にかかわらず、これを受理すべきではないとされ、(昭和二四年九月五日民甲第一九四二号民事局回答)夫が妻の姦通を理由として嫡出子としての出生届を拒んだ場合でも、妻からその子を夫の嫡出子として届出することができるし、(昭和二三年五月二二日民甲第一〇八九号回答)嫡出の推定を受ける子について真実の父から認知の届出があつてもこれを受理することができないことになつていて、しかも妻が夫の子を懐胎する可能性が全然ないことが客観的にも明瞭な場合においても、夫の子である可能性がある場合と全く同じ様に、子の嫡出を否定するような戸籍の届出を受理することができないことになつているので、いやしくも戸籍上妻の身分を有する者が懐胎した子である限り、民法第七七二条の推定の適用されない場合などにあり得ないかのように見える。しかしながら、戸籍吏の場合に右のような取扱いをしなければならないのは、戸籍吏には親族法上の身分関係の実体について審査する権限なく戸籍の記載はすべて真実に合致するものとして取扱わねばならないからであつて、民法第七七二条所定の推定が戸籍上妻の身分を有する者が懐胎した子のすべての場合について適用されることに由来しているのではない。即ち、戸籍吏は、この場合、真実に合致しているものと推定される戸籍の推定力に基いて前述のような戸籍上の届出に対する取扱をしなければならないのであつて、民法第七七二条所定の推定に基いて右取扱いをしなければならないのではない。それ故に、戸籍吏が前記のような戸籍の届出についての取扱いをしなければならないことは、戸籍上妻の身分を有する者が懐胎した子にも民法第七七二条所定の推定の適用がない場合があることを否定する理由にはならない。

以上のように、戸籍上妻の身分を有する者が懐胎した子については、原則として民法第七七二条所定の推定が適用せられるが、例外的に右法条所定の推定が適用せられない場合もあり、後者の場合には、子の母の夫と子との間の親子関係の存在を否定することにつき利害関係を有する者、即ち子の母の夫のみならず子自身、その母および生理上の父等も右親子関係不存在確認の審判を申立てることができるから、このような場合についてのこれらの者の申立を認容して親子関係不存在確認の審判をしても、これを内容的に無効の審判であるとも、また審判手続上無効な審判であるともいうことはできない。

本件の場合、前記横浜家庭裁判所小田原支部の親子関係不存在確認の審判は、当然、前述したような民法第七七二条所定の推定の適用のない場合、即ち、抗告人が事件本人を懐胎した当時における抗告人とその夫木村新吉の生活状況に徴し、抗告人が右新吉の子であることが事実上可能であるような事情にあつたことが客観的に明瞭な場合について、右新吉と抗告人の合意成立の上で、右新吉と事件本人間に親子関係の存在しないことを確認したものと認めるべきである。そうすれば、右審判は適法有効であつて、これを無効と判断しその前提の下に抗告人の原審における申立を失当として斥けた原審判は失当であつて取消を免れない。

第四、抗告人の原審における申立について

(一)  戸主木村忠男の改製原戸籍および木村忠男を筆頭者とする戸籍中の消除された事件本人の戸籍の回復する戸籍訂正につき許可を求める抗告人の原審における申立は正当である。

認知制度は、真実に父子の血縁あるときは法律上も父子関係を認めることを目的とする制度である。真実の父子関係があるときは、父は子を認知すべきものであり、父の一方的認知の意思表示でその効果を生ずるが、真実の親子関係がないときは認知に対して関係者一同が異議ない場合でも本来その効力を生ずべきものではない。それ故に、男が自分の妻以外の女と私通して懐胎させた子を自分と自分の妻との間の嫡出子として届出その旨戸籍に登載されたときは、右届出は認知の効力を有し、右子についての戸籍の記載は母の名と父母との続柄の記載を除いて有効である。

妻の身分を有する者が懐胎した子を、右母の夫以外の者が認知してその旨戸籍吏に届出ても、戸籍吏がこれを受理せず、また、右の場合母または子が母の夫以外の者を相手に認知を求める訴をしても裁判所がこのような認知請求を不適法として却下するのは、かかる認知は真実に反するものであるとの強い推定を受けるからであつて、かかる認知またはその届出若しくは訴が家庭生活を破壊し家族制度の倫理に反するからではない。したがつて、右のような認知の届出があつたときは、認知としての完全な効果こそ発生させることができないが、それが真実に合致するものである限り、認知の意思表示としてはその効力を失うことなく内蔵しているのであつて、後日嫡出否認の訴または親子関係不存在確認の審判により、右夫と子との間の父子関係がないことが法律的に確認せられると、右認知の意思表示はその効果を完全に生ずる。妻の身分を有する者が懐胎した子について夫以外の者から認知の届出があつても、戸籍吏はこれを受理すべきではないが、万一誤つてこれが受理され認知者の戸籍中に被認知者の戸籍が登載されると右の子の戸籍は戸籍訂正の方法により消除さるべき瑕疵あるものではあるが、当然無効のものということはできない。少くともそれが真実に合致している限り、また右のような訂正によつてその記載が消除されない限り、一応有効な登載であつて、後日子の母の懐胎当時の夫と子との間の父子関係が嫡出否認の訴または親子関係不存在確認の審判の結果否定せられると、前記誤つて登載された認知者の戸籍中の子の戸籍は、戸籍訂正の方法による抹消を許さない、瑕疵のないものに補完せられる。

以上を綜合すれば、妻の身分を有する者が夫以外の者と私通して懐胎した子を、右生理上の父が自分と自分の妻との間の嫡出子として届出て、右届出者の戸籍中に右の子の戸籍がその旨登載されると、右届出は認知の効力を有し、右子の戸籍は、母の名および父母との続柄の記載を除いて、真実に合致する限度で一応有効で、後日前記認知がその効果を生ずる要件が具備すると、右戸籍の記載は真実に合致する限度で瑕疵のない完全な効力を有するものとなる。

以上の説明で明らかなように、昭和二二年三月一四日木村忠男が本件の事件本人を自分と妻かづ子間の嫡出子として届出たのは認知の意思表示に該当し、前記戸主木村忠男の改製原戸籍および木村忠男を筆頭者とする戸籍中の、いずれも消除された事件本人の各戸籍の記載は、右木村忠男が事件本人の真実の父である以上、母の名および父母との続柄の記載を除いて一応有力である。右各戸籍の記載は後日事件本人の真実の母である抗告人が事件本人を自己の子として届出る必要上抹消せられたが、その後前記親子関係不存在確認の審判により、抗告人が事件本人を懐胎した当時の抗告人の夫が事件本人の父ではないことが確認され、抗告人の届出によつてなされた木村新吉を筆頭者とする戸籍中の事件本人の戸籍の記載こそ錯誤によつて登載されたもので、前記消除された事件本人の戸籍の各記載はその真実に合致する限度で本来有効であつたものを手続上の必要のために一時的に消除したものであることが判明したから、戸籍訂正の方法によつて前記各戸籍中の消除された事件本人の戸籍を回復しこれに正しい母の名と父母との続柄を記入するのは、結局真実に合致する戸籍の記載をしようとするもので、右戸籍訂正について許可を求める抗告人の原審における申立は正当としてこれを認容すべきものである。(但し、事件本人とその父母との続柄「四男」なる記載は父木村忠男と抗告人の婚姻によつて、抹消されていた記載と同一になつたので、従前のものがそのまま流用される。)

(二)  木村新吉を筆頭者とする戸籍中の事件本人の戸籍の記載を消除する戸籍訂正につき許可を求める抗告人の申立も正当である。

前記木村新吉を筆頭者とする戸籍中の事件本人の戸籍の記載は、抗告人が事件本人を自分の子として戸籍に登載する必要上届出て戸籍に記載されたものであるが、既に前記親子関係不存在確認の審判によつて戸籍筆頭者木村新吉と事件本人間に父子関係のないことが確認され前記木村忠男を戸主および筆頭者とする改製原戸籍中の事件本人の戸籍の記載が有効な同人の戸籍に該当することが明らかになつたのであるから、右木村新吉を筆頭者とする戸籍中の事件本人の戸籍はすべて錯誤によつて登載されたものに帰するので、その全部を消除する戸籍訂正の許可を求める抗告人の申立もまた正当である。

以上の理由により、原決定はこれを取消すべく、抗告人の(原審における)申立は正当して認容すべく、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信)

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